2007年06月24日

炎の眠り (Sleeping in frame)

 一目あってマリス・ヨークに恋をしたぼく、ウォーカー・イースタリング。ウィーンで彼女との幸せな生活をはじめたぼくの身の回りに、不思議な出来事がおこりはじめる。自転車に乗った奇妙な小男は、すれ違いざま叫んだ。「レドナクセラ! よく戻ってきた」 そして自分の顔を持った男の墓の前に立ちすくんでいた時、そこに見知らぬ老婆があらわれ、ぼくを再びその名前で呼んだ。ぼくは捨て子だった。いったいぼくは……?


 いったいどうしたことか、キャロルの作品中最も好きなこの物語について、適当な言葉が出てこない。書きたいことは山ほどある。シャーマンのヴェナスク(大好き!)、ちりばめられた数々の知恵、物語性ということ……。なのに一向にうまくかける気がしない。本当に好きなものの前でこそ、人は自分の無力さを思い知るのだろうか……

 いやいや、そんなことはない。この本を読めば良く分かるはず。というのも、ある意味『死者の書』と対をなしているこの作品、キャロルらしい不気味さを残すエピローグを除けば、愛の成就を含むハッピーエンドになっているのだ。メインテーマは、「愛は魔法だ」これにつきる。

 これまでの作品でも前半部ではかなりベタ甘のロマンスを展開してきたキャロルだが、ここではアイディアとロマンスがしっかり噛み合うことで、一つの物語が形成されている。その他、処女作からここまで、そしてこれからも繰り替えし語られることになる、死、父親、創造などのテーマも、不可欠の要素としてしっかりと作中に根を下ろしている。その意味で、物語としては最も出来がいいものの一つではなかろうか。

 また、この作品には前作『月の骨』の登場人物ウェーバー・グレグストンが登場しており、キャロルの作品を全て同じ世界の事柄として結び付けた、その第一歩としても注目される。キャロル自身は『月の骨』以降のウェーバーを描きたくてこれを書いたといっているらしいが、その割に出番が少ないような気がするのは僕だけではあるまい。むしろ、シャーマンのヴェナスクを初登場させた点で、この作品は「シリーズ」中重要な意味を持っていると思う。

 終盤の事件が解決する部分は、今まで読んだファンタジイ(このシーンこそが、この作品を「ファンタジイ」にしている!)中最も好きなシーンのひとつ。
posted by けいりん at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。